越後鶴屋の開運大福

西荻窪にある越後鶴屋さんは、駅南口から歩いて2〜3分のところにある、
小さなお菓子屋さんです。
店頭でご主人が慌てず、且つ手際よく甲高の大福をどんどん包んでいくのを
ガラス越しに観ることが出来ます。
ここを目的に来たので、ためらわずに扉を開け製品が並べられた平台の前へ。
二人立つと一杯になってしまうほどですが、ほんわかした空気が広がります。

蓬大福を粒あんで、豆大福を漉し餡で(どちらも餡を選べるようです)包んで頂きました。
知り合いの作家さんの個展会場に寄り、歩いて吉祥寺に。
途中洋菓子の人気店でケーキを食べ、吉祥寺で仕事で使う材料を買い求めから戻りました。
ケーキは食べたのですが、やっぱり大福も今日のうちに頂きたくことにしました。

一口食べて「ふむ!」、もう一口食べて「ふむふむ!!」
頬張らせながら、その美味しさに頷いていました。
我が町の大福屋さん、まさにそんな感じでした。またふらっと出掛けていくことにします。


たねやのわらび餅

公園の新緑のトンネルを抜ける風も心地よく、
木々の隙間から差し込む日の光は初夏のきらめき。
こんな時期に美味しいのが、わらび餅です。
(あくまで個人的な意見ですが)

春に美味しい蕨。その根から取れるわらび粉で作ります。
つるんとした食感、きめ細かな漉し餡と良く合います。
きな粉をたっぷり付けて・・・。
今回はたねやさんの「わらび餅」を頂きました。



季節のお菓子、地方のお菓子を、その時にその場所で食べる。
ごく自然なことだけど、とっても大切なように感じています。
(一年中全国どこでも同じものをいただける今だからこそ)

まめの柏餅

もうじき端午の節句です。
この時期になると多くの和菓子店には柏餅が並びます。
柏が新しい葉がつくまで古い葉が落ちないということから、
家が続き子孫繁栄につながっていくとされました。
もともと柏の葉は大きく、食器代わりにも使われていて
餅などを包んだところ、独特の風合いが好まれたのではないでしょうか。

少し前まで家が最小単位でありましたが、最近は個の文化と言われています。
それでも「端午の節句=柏餅」が今でも結びついていることに、
個だけでなく、つながりを大切にしたいという
秘めた願いがあるのかもしれませんね。(少しオーバーでした)

前置きが長くなりました。
青山「まめ」の柏餅です。
蓬+粒あんと白+みそあん を買いました。



柏餅は、鷲掴みして、歩きながら葉をめくりかぶりつく・・
そんなイメージもありますが、
「まめ」の柏餅は、ゆったりといただきたいと思う味わいでした。
また柏餅を食べられるのも一年後と言うことですが、
それもまた楽しいことだと思います。

 

青山まめの豆大福

小さな和菓子店って、どこか引きつけられるものがあります。
量はそれほど作れないけど、ひとつひとつ丁寧に作られている、
店主がこだわる美味しい和菓子がそこにある・・そんなイメージです。

青山にあります「まめ」は優しい味わいのお菓子を出されている、
正にいつも気になるお店のひとつです。
(なかなか寄ることが出来ていないのですが)
ちょうど柏餅の時期なので、蓬とみそあんを買いました。
(柏餅に関してはまた明日)
そしていろいろ悩んだのですが、やっぱり「豆大福」も。
漉し餡は丁寧に作られているのが感じられ、
中から逆に餅や豆を包み込むような優しい味わいでした。



きっと季節の移り変わりをお店の中で感じられるはずです。
 

笹巻き

鹿児島から一気に東北へ飛んで、今度は山形の「笹巻き」です。
「あくまき」に良く似ています。
庄内のもち米を灰汁でじっくり煮ていき、
きな粉や黒蜜を掛けて食べるのも同じです。
遠く離れた土地で、同じような食文化が育まれたことは
とても興味深いことです。

「あくまき」も「笹巻き」も各家庭の味があったようです。
食べ比べるのも子供たちの楽しみだったでしょうね。

それにしても竹皮や笹の持つ殺菌作用や、灰汁で煮る(アルカリ作用と高温)
ことで滅菌にもなる、さらにはそれぞれ独特の風味が生まれている。
古の人々の生活力は本当に高かっただろうなといつも思い知らされます。


あくまき

鹿児島に「あくまき」というお菓子があります。
木灰汁に漬け込んだもち米を竹皮で包み、
それをさらに灰汁で炊いていくと
飴色になったお餅「あくまき」になり、
これに黒砂糖などを混ぜたきな粉をふりかけると、
何とも言えない独特な風味を楽しむことが出来ます。

度々鹿児島を訪れていたのですが、
「あくまき」は20年ぶりに食べたと思います。
最初の印象が良くなかったのか記憶に無いのですが、
こんなに美味しかったのかと、ちょっと驚いてしまいました。

鹿児島では端午の節句によく食されるとのことです。
元々は農作業の時の保存食だったと言われていますが、
豊臣秀吉時代に朝鮮出兵で、各藩が兵糧不足で苦しむ中
薩摩藩士だけが日持ちのする「あくまき」のおかげで
体力気力が衰えなかったと伝えられています。
それが鹿児島では端午の節句、
子供たちが元気に育つようにとの願いに繋がっていったのかもしれません。


この時はきな粉に黒蜜を掛けてみました。

松屋のいよかん大福

粒餡を炊いたり、どら焼きを作ったり、
黒糖蒸しパン・胡麻クッキーなど時間があけば
相変わらずお菓子作りに勤しんでいます。
それでも気になるお菓子があれば、取り寄せたり、
思わず買ってしまったりしています。

そんな一つが、京都・松屋の「いよかん大福」です。
白餡(手亡豆)に伊予柑の細かくしたピールが入っていて、
なかなかこれがいいのです。
(基本的に大福はあんこ一番なので、アレンジ商品に過度の期待は
しないようにしているのです)
白餡の甘さの中に伊予柑ピールのほのかな苦みが重なって、
新鮮な美味しさを感じました。
京都宇治の松屋さん、知らなかったお店ですが、
他の商品もちょっと食べてみたいと思わせる美味しさでした。


 

桔梗信玄餅

きな粉に黒蜜、そう聞いただけでそそられる組み合わせです。
きな粉だけでも、黒蜜だけでも大好きなのに、それが一緒になっているなんて
本当にだれが思いついたのやら。
「桔梗信玄餅」山梨・甲府を代表するお土産菓子です。
資料を見ると昭和43年発売となっていて、何となくもっと昔からあったお菓子の
ような印象です。
郷里静岡の隣の県でもあり、東京にも比較的近いということで、
ある時期しょっちゅう食べていた記憶があります。

先日お土産として頂き、久々に食べてみたのですが(きな粉にむせながら)
「美味しさに感動」というのとは少し違いますが、ほっとする感じがしました。

戦国時代に「桔梗信玄餅」があったなら、きっと武田信玄も大喜びしたでしょうね。
もしかしたら天下統一出来たかも・・なんて。



豆大福

今回塩味のエンドウ豆を炊いたからには、
「豆大福」を作りたい・・・・とやっぱり思いますよね。
もちろん餅米を炊いて、杵臼で搗いてなんて出来ないので、
電子レンジを使って作ってみました。
理想からは遠かったですが、それなりに頂くことは出来ました。
(自分に甘い!)


大福餅について少し書いてみようと思います。
江戸時代初期には「鶉餅=うずらもち」という
大福餅の原型のようなお菓子がありました。
少し大振りのふっくらとしたお餅で
(その形が鶉のようだったとか)、中は塩味の餡で
お腹が空いたときに繋ぎに食べていたようです。
腹持ちがよい、食べるとお腹が出るなどから
「腹太餅=はらぶともち」「大腹餅=だいふくもち」とも呼ばれました。
明和八年(1771年)小石川のおたよという未亡人が、
餡に砂糖をまぶした「腹太餅」を売り出したところ評判となり、
後に小さくなり「大福餅」と呼ばれるようになった、とのこと。
(お菓子の歴史を調べると、色々な説があったり、年代が不明だったり
することも多いのですが、大福餅の経緯についてはどの本でも年号・人名が
明確に記載されていて、かなりはっきりとした資料があるのものと
思われます)


阿闍梨餅

頂き物ばかりで恐縮ですが・・・・。

連れ合いが友人に頂いた京都・満月の「阿闍梨餅=あじゃりもち」。
(あっ、ここにも月がいました)

阿闍梨」とは比叡山延暦寺の高層のことで、厳しい修行で山・川を越える姿が
その玄関口であった出町柳などで見られたといいます。
1856年創業の満月は出町に店を構えていて、
(と簡単に書きましたが満月さんは江戸末期から続く老舗です)
通り過ぎる阿邪梨さんの編み笠をみて、銘菓「阿邪梨餅」が誕生しました。
(日本のお菓子・山と渓谷社 参照)

久々に頂きましたが、皮のもちもち感
その皮に負けないようにしっとりと炊かれた餡、
量も含めたこのバランスがやはり絶妙だと思います。

最近自分で作ることが多くなって、美味しいお菓子を求める機会が
少し減っているかもしれません。ちょっと反省・・・。


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