安倍川もち

「わがしどき vol.1」の中で「松風堂小まんぢゅう」というお饅頭を

紹介しています。静岡県富士川町(今は富士市に変わっています)

生まれ故郷の、物心ついたころから食べていたお菓子でした。

(今この時間も食べていたいお饅頭です)

そしてもう一つ、「きな粉のお菓子大好き」と思わせてくれた最初のお菓子が、

この「やまだいちの安倍川もち」だと思います。

(いつもいつも申し訳ありません。多分です)

 

静岡県には日本三大急流と言われた「富士川」

越すに越せない「大井川」

正に竜が天に昇るようだと言われた「天竜川」があり、

そしてほぼ中央を分けるように流れるのが「安倍川」となります。

この安倍川の近くの茶屋で徳川家康が食し、絶賛したのが「安倍川もち」とのこと。

安倍川上流で取れた砂金を模したきな粉餅、江戸時代まだ貴重だった砂糖を少しまぶしたのが

街道の評判を呼び、大人気になったと言われています。

(きな粉に砂糖をまぜてしまうと、時間と供に水分を吸収してべっとりしていまいます。

そこで餅をきな粉で被い、上から砂糖を少し振ったのが良かったようです)

 

一時期姿を消していたのを「やまだいち」が戦後に復活させたそうです。

同じ静岡といっても少し離れているので、駅で買えるお土産的なお菓子だったかもしれません。

一口サイズのこしあんのお餅(2個)ときな粉(3個)のお餅が並んでいて、

小腹が空いているとき丁度良いサイズなんです。今も変わらない、嬉しいおいしさです。

アップが遅くなってしまったのですが、これは郷里の先輩が送ってくれたクリスマスプレゼントでした。

 

 


石鍋商店のくず餅

「わがしどき vol.1」を読んだと、メールを頂きました。

(こんな時ほど制作して良かったと思えるのです)

そのひとつひとつのお言葉が嬉しく、有難く思いながら

お名前をみるとご自身が和菓子店を営まれているのが判り、

直ぐに検索してみました。

それが王子にある創業明治20年の「石鍋商店」でした。

 

本格的な「久寿餅」と自家製寒天を使った「あんみつ」が食べたくて

出掛けて行きました。

丁度石鍋社長もおられ、色々な興味深いお話しを沢山聞くことが出来ました。

関東で言う「くず餅」は、小麦粉に食塩水を加え良く練り粘りけでたら、

布に入れ水中で絞るとデンプンが流出する(残ったものがグルテンで麩の原料となる)。

このデンプンを乳酸発酵させて作るのが関東の「久寿餅」です。

石鍋商店では約2年の間寝かせるとのことです。

この久寿餅は他とちょっと違う独特な風味があり、きな粉・黒蜜と良く合って

とても美味しく頂きました。

寒天もテングサの優しい風味が感じられ、当店のオリジナリティーを感じるあんみつでした。

どちらもシンプルなんですが素材の旨みを上手く引き出した逸品だと思います。

王子には関東の稲荷神社の総本山である王子稲荷神社があり、大晦日には関東一円の

狐が詣でると言い伝えられている。大晦日に狐に扮装した人が町内を練り歩く

「狐の行列」が有名(当店のサイトより抜粋)

王子には何度か来ていましたが、初めて知る情報でした。

石鍋商店の袋に狐が描かれているのも納得です。

 


北斎茶房

錦糸町に出掛けたとき、もう一軒知らなかったお店に寄りました。

「北斎茶房」、サイトで見て甘味処としてあんみつや氷などの

メニュー写真が実に美味しそうでちょっと遠回りしてみようかと

思い立ったしだいです。

お店の前に行くと、間口の広いガラス戸に白いのれんが印象的でした。

入って食べてみたかったのですが、その日色々お菓子を食べる予定が

入っていたので(自分で勝手に入れているのですが・・)、店頭で

どら焼きと杏大福を買いました。

どら焼きが美味しそうだったので、その後のことも考えず直ぐに

食べてみることにしました。(それならお店に入ってもよかったのでは?)

生地がしっとりしていて、餡も上品な甘さで思っていた以上に好みでした。

(スミマセン写真は撮れていません)

他のお店で色々お菓子を買って、家に戻ってから杏大福を頂きました。

杏の酸味も効いた美味しい大福でした。

写真から想像したのはもっと大胆な味のお店でしたが、実際食べると

思っていた以上に繊細な味でした。次に行った時は甘味を食べてみます。


初穂餅(亀屋万年堂)

連れ合いがお福分けとして、亀屋万年堂の「初穂餅」を頂いた。

何と、小豆餡とみたらしが一緒に入ったお餅なんです。

餡とみたらしを合わせるなんて、あったようで無かったのではないでしょうか。

(気がつかないところで、色々出てはいたかもしれません)

和菓子好き、特に餡もみたらしも大変好きなので、合わさっていなくても

別々に2個頂きます、と言いたいのですが。

この「初穂餅」を半信半疑で一口食べてみると、・・・・・・・・・

これがなかなかいけるのです。

小豆餡の優しい甘さに、みたらしの甘じょっぱさがほんのり絡まってくる感じで、

餅の中に入っているのがいいのかもしれません。(団子だと難しい?)

想像してみて下さい。

あんこ入りの餅にみたらしを掛ける・・・

みたらし入りの豆大福・・・

みたらし入りの草団子に餡を塗る・・・

楽しくなってきました。

(でもやっぱり、みたらし団子と餡団子を別々に食べているような気もします)

 

 

 


五平餅

今のNHK朝の連続テレビ小説は「半分、青い。」ですが、

その中で出て来た「五平餅」が気になっていました。

中村雅俊が作り豊川悦司が食べていた、あの五平餅が。(敬称略で)

(ごめんなさい、ドラマの内容にはちょっとついて行けてませんが)

そして先日百貨店の催事コーナーで「五平餅」が売られていたので、

思わず買ってしまいました(いつものパターンです)。

テレビで出て来た大判型ではなく、こちらは三連の団子型でした。

「五平餅」を食べたのも随分前のことになってしまいました。

何と言うお店のものだったのかも、まったく覚えておりません。

今回は「木曽奈良井宿きむら」の「五平餅」です。

(テレビ小説の主人公の故郷は岐阜でしたが、こちらは愛知県名古屋の

会社です)

クルミ・エゴマが効いた醤油味噌たれが香ばしくて美味しく頂きました。

合わせて「ぽたぽた餅」を頂いたのですが、もち米を半搗きにし

甘辛醤油を付けて焼いた、見た目も香りも何ともそそられる商品です。

もちろん美味しくぺろっと頂きました。

 


柏餅

「柱の傷は一昨年の5月5日の背比べ

粽食べ食べ兄さんが、計ってくれた背の丈」

これを作詞した人は関西圏の人かと思い、ちょっと調べてみると

「海野厚」氏は何と静岡市出身となっていました。

私の故郷・静岡県富士市では、端午の節句に粽を食べることは

無かったので(粽と言えば中華ちまきのことだった)

昔は静岡でも粽を普通に食べていたのだろうか、

と不思議に思いながら今拵えたばかりの柏餅を食べています。

平安時代に中国から伝わった五節句の一つ端午の節句。

邪気を祓うことから菖蒲や蓬を軒につるしたり、粽を食べる風習が

朝廷貴族からしだいに民間へと広まって行きました。

江戸時代以降、武士の時代となると菖蒲と尚武を掛け、男の子の

節句という意味合いが強くなっていきます。そして、柏は新しい葉が

付くまで古い葉が落ちないと言うことから、

武家社会の家の存続を願い柏餅を食すようになったとされます。

だから関西では粽、関東では柏餅となりました。

 

 

 


桜餅

江戸時代、向島長命寺の門番が作ったのが初めとされています。

桜餅。

東京ではもう桜の盛りは過ぎてしまいましたが、桜餅を食べて

名残を惜しむのも、また乙なものです。

長命寺・山本屋の桜餅を発祥とする関東風は小麦粉に白玉粉などを

合わせ砂糖を加え、薄く延ばして焼きます。それで餡を包み、

塩漬けされた桜の葉を巻いていきます。因みに山本屋は3枚です。

(葉を何枚残すか、又は全て剥ぐかはお好みでということです)

とにかくこの桜餅、とても評判が良かったようです。

色々な書物にも登場したり、吉原が近かったこともあり、

その噂が全国に広まったものと容易に想像出来ます。

そして関西の桜餅は関東風とはまったく異なり、

道明寺粉(もち米を水に浸してから、蒸して乾燥させたもの)を

使ったつぶつぶ感のあるもっちりタイプです。

 

普段は関東風のクレープタイプの桜餅を頂くことが多いのですが、

今回は道明寺粉を使った関西風を作ってみることにしました。

色の付いた道明寺粉に砂糖を加え、20分ほど蒸し上げます。

漉し餡を包みそれを桜葉で巻きました。

比較的簡単だったことと、そして思っていた以上に春らしい

味わいに出来たことが嬉しくもありました。

季節を追う菓子作りも楽しくなってきました。

 

 


自家製豆大福

浅田屋の豆大福に刺激された訳ではないのですが、

おはぎを作った時の餡が残っていて、前に炊いた

赤えんどう豆もあったので求肥餅で豆大福を拵えました。

求肥餅だったので理想の餅感は無かったのですが、

それでも程良く、思った以上の出来映えになりました。

なんてね、手作りすれば大体は点数が甘くなってくるものです。

菓子作りはそれが楽しいし、「次もお願いします」なんて

言われれば、又頑張ろうという気にさせてくれます。

もちろん街のお菓子屋さんの美味しさも忘れてはいません。

いやむしろ自分で作るようになって、お菓子屋さんの技術に

さらに驚くようになりました。

コストを考えながら毎日作り続けるプロはやっぱり凄い、と。

自分で作るにしても、街で探すにしても、お菓子ごとに

自分好みの味を見つける旅はまだまだ続きそうです。


浅田屋の豆大福

東京だけでも豆大福の銘店と呼ばれるお店が

いくつかあります。

ぱっと思いつくだけでも、瑞穂(原宿)紅谷(表参道)

まめ(南青山)群林堂(護国寺)松島屋(白金高輪)

喜田屋(西荻窪)岡埜栄泉(上野)つる瀬(湯島)などなど。

そして今日は赤坂の浅田屋の豆大福を頂きました。

前にも頂いたかもしれませんが(いつものことで申し訳ありません)、

今回しっかり味を確かめることが出来ました。

オフィスビルが建ち並ぶ場所柄、ビジネスマンが手みやげに買い求めたり

料亭などで働く人たちがおやつに利用することも多かったようです。

100年という時が過ぎても、気取ることなく美味しい「おやつ」を

作り続けているなんていいですよね。

思った以上に餅がしっかりしていて、えんどう豆もぎっしり入っている

のですが、とてもバランスが良い大福でした(中は粒餡です)。

今回は連れ合いが買ってきてくれましたが、次回は是非直接足を運び

お店の雰囲気も味わいたいと思ったほどでした。

 


垣穂

金沢という街には、良いお菓子店が沢山あります。

老舗と呼ばれる古いお店も多く、独自の菓子文化が

延々と受け継がれてきた街とも言えます。

(藩祖・前田利家は千利休に茶を学び、能を好んだと言われ

武勇だけの藩主ではなかったようです。それが文化の街・金沢を

生みました。いつの時代も上に立つ人のセンスは重要ですね。

もっとも下から突き上げる文化も面白いのですが)

 

この「村上」も明治44年創業と言いますので、100年の時をしっかりと

刻んできました。都内の百貨店をブラブラしていたとき、少し気になって

購入したのが「垣穂」でした。

胡麻をたっぷりまぶした求肥餅の中は、ちょっと珍しいきなこ餡でした。

小さなお菓子ですが胡麻の香ばしさと相まって、独特な味わいを

引き出していました。

 



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